【日本史】豊臣家が滅んだあと、秀吉の大名たちの家は…福島正則・加藤清正の家ほか、28年で手放された5つの城【歴史】#歴史 #歴史解説 #日本史
慶長20年(1615年)5月8日、大坂城で豊臣秀頼が自害し、豊臣家は終わりました。このとき、福島正則・加藤嘉明・浅野長晟といった、秀吉に取り立てられた大名は徳川方にいました。豊臣家が滅んだあとも、徳川方にいた家は、そのまま安泰だったように見えます。
ところが、落城から4年後の1619年に広島の福島家が国を取り上げられ、熊本の加藤家(1632年)、松江の堀尾家(1633年)、高松の生駒家(1640年)と続き、28年後の1643年には会津40万石の加藤家が会津を手放しました。
この動画では、大坂落城から会津40万石が手放されるまでの28年を、一家ずつ追います。例外として、福島家のあとの広島で明治まで続いた浅野家も取り上げます。
今回の動画のポイント
・福島正則|4年目、50万石→4万5000石
・加藤忠広|17年目、熊本54万石→丸岡
・堀尾・生駒|18年目・25年目、松江・高松
・加藤明成|28年目、会津40万石を手放す
・浅野長晟|例外、広島で12代
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広島・熊本・松江・高松・会津や、信濃・出羽・水口に伝わる話があれば、コメント欄で教えてください。
▼目次
00:00 はじめに
01:23 大坂の陣のあと|豊臣家の終わりと、大名への決まり
03:45 福島正則|広島50万石から、信濃の高井野へ
06:25 熊本の加藤家|肥後54万石から、出羽の丸岡1万石へ
09:03 堀尾家と生駒家|跡継ぎの断絶と、家中の争い
12:01 会津の加藤家|40万石を手放し、1万石から出直す
15:51 例外・浅野家|福島家のあとの広島で、252年
18:39 まとめ 5つの城のその後|城に入った家と、消えた家の続き
▼制作について
・ナレーションは合成音声です(VOICEVOX:青山龍星)。人名・地名の読みは、読み表をもとに辞書を登録して確かめています。
・絵の一部(25枚)は AI で作ったイメージです(OpenAI の画像生成)。該当する場面には、画面右下に「AIによるイメージ」と表示しています。人物の顔・家紋・旗印は描かせていません。
・地図・系図・年表・図は、上の資料をもとに本チャンネルで作成しました。効果音は本チャンネルでプログラムから作成しました。
・冒頭などのアニメの場面は本チャンネルで描いたイメージです。人物の姿は肖像画をもとにしたものではありません。家紋は各家の紋として知られる図柄を描いています。
▼訂正
・公開後に誤りが見つかった場合は、ここに追記します。
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