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古代エジプトで最も奇妙な神、メジェド...結局何者だったのか?【ミステリー・都市伝説】

あの丸い見た目の神が現れたのは,エジプトが一番荒れていた100年でした. このチャンネルは,歴史学・考古学・地質学などの最新の研究や学説も手がかりに,世界に残された謎を視聴者の皆さんと一緒に紐解いていくというコンセプトで運営しております. ぜひ,みなさんの謎に対する仮説や意見もコメントでお聞かせください. ■この動画でわかること ・メジェドが載っている死者の書が,およそ3000点のうち9点だけであること ・その9点が,3000年あまり前の100年ぶんに固まっていること ・「メジェド」が名前ではなく,「打つ者」という意味の語であること ・メジェドについて古代の文章に残っているのが,17番目の呪文の一文だけであること ・その一文に「見られることはない」と書かれていること ・9点で一番有名な巻物が全長37メートルあり,切り分けて保管されていること ・死者の書という題名は200年ほど前の学者が付けたもので,古代の題名は「昼のもとへ出ていくための書」だったこと ・古代エジプトでは,書いたものと描いたものが実際に働くと考えられていたこと ・王の墓が並ぶ谷に,墓を守る見張り所が五つあったこと ・記録に残る一番古いストライキが,給料が18日遅れた職人の村で起きたこと ・その村の記録に,「妻の具合が悪い」という休みの理由まで残っていること ・3100年ほど前の見回りで,調べた王の墓10のうち1つ,町の人の墓はどれも荒らされていたこと ・墓を破った犯人の職業が石工で,その供述の記録も別に残っていること ・当時のエジプトの大きな神殿が,畑と倉を持ち何千人も雇う組織だったこと ・メジェドを油の壺の擬人化と読む説が,80年以上前に出ていること ・南の神殿の長たちが,王と王族50体以上を谷の外の縦穴にまとめて隠したこと ・その穴が2800年あまり閉じたままで,150年ほど前に中の品が市場に出て見つかったこと ・CTで包帯をほどかずに調べた王に,荒らされた跡と包み直した跡が残っていたこと ・棺に神殿の長とその息子の手書きの書き込みが,10年ほど間をあけて二度残っていること ・いま出回っているメジェドの画像が,100年ほど前に作られた原寸の複製本から来ていること ・2012年の六本木の展覧会で,その巻物の一部が日本で公開されたこと ■参考文献 ①Budge, E. A. W. (1912). The Greenfield Papyrus in the British Museum. London: British Museum.(グリーンフィールド・パピルスの原寸複製と解説.いま出回る図版の元.第1章・第11章) ②The British Museum. Papyrus of Nesitanebisheru, the Greenfield Papyrus, EA10554.(全長37メートル.第21王朝.持ち主はピネジェム2世の娘.第1章・第7章) ③Cariddi, I. (2018). Reinventing the Afterlife: The Curious Figure of Medjed in the Book of the Dead. Università Ca' Foscari Venezia.(メジェドの図像は第21王朝の9点のみ.第10章) ④Das altägyptische Totenbuch – Ein digitales Textzeugenarchiv (Totenbuch-Projekt), Universität Bonn, 1994–2012.(約3,000点の目録.2012年公開.現在はケルン大学CCeHが維持.第1章・第10章) ⑤The British Museum. Abbott Papyrus, EA10221.(ラメセス9世治世16年,テーベ西岸の墓の見回り報告.王墓10のうち1,歌い手の墓4のうち2,市民墓は各所で被害.第5章) ⑥Papyrus Leopold II–Amherst.(ソベクエムサフ2世墓に押し入った石工アメンプヌフェルらの供述.第6章) ⑦Peet, T. E. (1930). The Great Tomb-Robberies of the Twentieth Egyptian Dynasty. Oxford: Clarendon Press.(墓泥棒文書の集成と訳.同時期の記録が複数残ることの根拠.第5章・第6章) ⑧Saleem, S. N., & Hawass, Z. (2021). Digital Unwrapping of the Mummy of King Amenhotep I (1525–1504 BC) Using CT. Frontiers in Medicine, 8, 778498.(包帯を開かずに確認.盗掘による損傷と,第21王朝の修復・再包の跡.第8章) ⑨Royal Cache, TT320(旧DB320), Deir el-Bahari.(1881年に所在が確認.王・王族50体以上.運び出しと搬送の経緯.第7章・第8章) ⑩Bruyère, B. (1939). Rapport sur les fouilles de Deir el Médineh. Le Caire: IFAO.(メジェドを油壺の擬人化と読む説の出どころ.後年テレンス・デュケインも同じ読みを支持.第9章) ⑪The Metropolitan Museum of Art. Dummy Canopic Jars, Third Intermediate Period.(中に空洞の無い,置くためだけの壺.第9章) ⑫Turin Strike Papyrus, Museo Egizio, Cat. 1880(書記アメンナクトの記録).(ラメセス3世治世29年.給料の遅配と,五つの見張り所を通り抜けた記述.第4章) ⑬大英博物館 古代エジプト展(2012年7月7日〜9月17日,森アーツセンターギャラリー).(グリーンフィールド・パピルスの日本公開.第11章) ■チャプター 0:00 OP 0:52 第1章 三千点のうちの,九点 3:10 第2章 残された言葉 5:28 第3章 描けば,そこにいる 8:11 第4章 五つの見張り所 10:01 第5章 荒らされた墓 11:31 第6章 造り方を知っていた男 13:20 第7章 壺だという読み 15:34 第8章 選ばれたのは,絵のほうだった 18:43 第9章 棺に残っていた手書き 20:41 第10章 揃っていなかった 23:31 第11章 見られることはない,と書かれた者 25:37 第12章 名前の残った一人 ※動画内の素材はすべて引用であり,著作権や肖像権を侵害する目的はございません. #都市伝説 #ミステリー #オカルト

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